2007年 07月 18日
「夕凪の街 桜の国」2007年上半期に出会った、最も素晴しい1本。
《夕凪の街》
昭和33年、広島。13年前に被爆した平野皆実(麻生久美子)は、母・フジミ(藤村志保)と2人で日々を暮らしていたが、被爆の際に亡くなった、父や妹のことを常に心に思い『私は生きていてもイイのだろうか?』と自問自答を繰り返していた。そんなある日、皆実は会社の同僚である打越(吉沢悠)から愛を告白される。本当はとても嬉しく、すぐにでも打越の胸に飛び込みたい皆実だったが、脳裏によぎる妹たちのことが、皆実の思いを遮る。『うちは、この世におってもええんじゃろうか…?』泣きながら胸中を告白する皆実を、打越は優しく抱きしめる『生きとってくれて、ありがとうな』この一言で、皆実がそれまで抱えてきた苦悩は、優しく解きほぐされていく。しかし突然、皆実の身体に異変が起きる。原爆症を発症してしまった皆実の許を、疎開先の水戸で養子となった弟・旭(伊崎充則)が訪ねて来る…。
《桜の国》
平成19年、東京。定年退職した父・旭(堺正章)と共に暮らす七波(田中麗奈)は、最近の父親の不審な行動に疑問を抱いていた。今日も夕食の後、何も告げずに突然外出した旭。七波は、弟の凪生(金井勇太)に尾行する旨を伝え、家を出る。駅で切符を買う旭の様子を窺っていた七波は偶然、小学校時代の同級生で、今は凪生と同じ病院に勤務する東子(中越典子)と再会する。ひょんなことから、東子と共に旭を尾行することになった七波。旭が向かった先は広島だった…。
戦争を知らない吾輩にとって、敗戦から60年以上経った現在“原爆”とは忘れてはならない忌わしい“事実”ではありますが、それは既に“過去”にあった出来事だとこれまで認識してきました。ところがこの映画を観て、それが今にも存在している“現実”なのだということを、知らされました。
被爆を体験しながら生き残った人達は、皆当然『生き残れてよかった』と感じておられるのだと単純に思ってましたので、作中で皆実が発する『うちは、この世におってもええんじゃろうか?』という言葉が、非常に重く響きました。何の落ち度も罪も無い人達を、一瞬のうちに死に追いやり、更に生き残った人達にまでこのような何とも言いようの無い思いを抱かせてしまう“原爆”。しかも『お前なんか、死ねばいいと誰かに思われた』『原爆は、落ちたんじゃない。落とされたんだ』こんな思いを抱いて生きていた皆実の心中を思うと、何とも言えないやるせなさを感じ、心の底から熱いものがこみ上げてきました。
この映画は“原爆”という非常に重いテーマを描いてはいますが、決して悲惨な映像(被爆直後の広島の“地獄絵図”のような場面など)がたくさん出てきたりするわけではありません。むしろ終戦から13年経った広島の人々の復興へ向けた日々の暮らしや、現在(平成19年)を生きる若者たちの日常の目線を通して見た戦争を描き出しています。ですから優しさに溢れた映像によって、被爆した女性とその家族の絆、そして明日へ生き続けていく人々の希望が描かれ、暖かい感動を与えてくれます。
また昭和33年と現在、それぞれのパートで主演する2人の映画女優(麻生久美子と田中麗奈)が非常に素晴しい演技を見せてくれます。特に苦悩を抱えながらも、日々を懸命に生きそして儚くも散って逝く皆実を演じた、麻生久美子の演技は特筆物です。彼女は、映画女優として本当に素晴しいです。
実は先日、ラジオの収録でこの映画を撮られた佐々部 清 監督にインタビューをさせていただきました。監督は、『この映画は、日本人にしか作れない。その誇りを持って映画を作った』『決して若い人に向けてだけでなく、戦中派と言われる世代に向けても、「過去のことではない」というメッセージを込めて作った』と語ってくださいました。朴とつな中にも熱い思いを込めて語ってくださった監督の熱意は、スクリーンを通しても、ひしひしと伝わってきます(この模様は7月25日の「KOBEキネマナイト」で放送されます)。
「夕凪の街 桜の国」は、7月21日(土)から広島地区先行ロードショー。そして28日(土)から全国ロードショーです。あなたも日本人として誇りを持って、この映画を是非映画館でご覧下さい。
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